みちくさ

石清水鳥飼八幡宮

石清水八幡宮
石清水八幡宮鳥居
淡路島は、北部淡路市、南部の南あわじ市、中央の洲本市と平成市町村合併により3市となり面積約592平方キロメール,世帯数約5万2700世帯、人口数約13万2000人となる「くにうみ」伝説からロマンを生む伝統文化継承が受け継がれています。淡路島中央の西浦海岸腺に位置する石清水八幡宮名称の鎮守の神、半農半漁からの生活圏から歴史ある宮が存在します。鳥飼八幡宮は、祭神天照皇大神、鳥飼八幡別宮、星神天香々皆男命、大衛能佐倍神守護(玄関を守る神)、宮毘神守護符(安産・和合奥間の神)荒神(台所の神)を祀る出雲系の宮で京都石清水からの名高い神社。また、もと官・国幣社のうち一番格式の高い神社となる。神社は人物と自然を祀る社です。鳥飼八幡別宮の総本山は九州宇佐八幡宮から三重県伊勢神宮の氏神信仰となります。
「大社」とつくのは、国津神が祀られていた神社のうち、もともと勢力が大きかったところ。八幡宮(八幡神社)はおよそ4万社、稲荷神社は3万社ほどもあるのだといわれているそうです。

神は天の神、社は地の神、くにつかみである。従って、天神地祇の総称であったが、後に神の社、祠(神社)となった。
神宮とは神さんを天皇とし、天照大皇神が現座の伊勢神宮を構える昔の時代の伊勢を「古伊勢」と呼んだ。「伊雑宮」は、三重県志摩の石辺と云われ、伊雑宮が建てられた。つまり、「伊雑宮」が本家となる。『伊雑宮旧記』によると「伊雑宮」は竜宮で、この地方の海人族の護宮で伊雑トミの命が治めていたとされ出雲神道と深く関わっている。天照大神は元々奈良県三輪山の山麓にある「檜原神社」に鎮座していたと思われる。此れが元伊勢のルーツと推定されている。その後、天照大神は大和の笠縫邑を発し丹後に仮鎮座し、その後全国20ヶ所を転々として伊勢に落ち着いたとされています。第10代崇神天皇即位6年(起源前59年)、倭国笠縫邑に鎮座し、皇女・豊鋤入姫命が初代斎主として祭事を掌っていた。この地に33年間鎮座したという。

元伊勢神社は、内宮皇大神社、外宮豊受大神社、天岩戸神社と呼ばれる3神社から成り立っている。此の元伊勢の内宮と外宮が古伊勢に移り現在の伊勢神宮になったと云われています。元伊勢内宮には内宮、外宮の地名の他、五十鈴川、宮川、真名井の池、宇治橋、猿田彦神社など伊勢神宮にまつわる名称が数多く存在しており原型をとどめている。

伊勢神宮は、仮称名であって正式名は神宮である。神宮は、日本の総氏神の地位にある天照大御神を祀る皇大神宮(内宮)と衣食住や産業の守り神である豊受大御神を祀る豊受大神宮(外宮)と言い此の両宮を合わせて正宮と呼び、それぞれが別宮、摂社、末社、所管社を持つ。その数125社に及ぶ。内宮、外宮、別宮の宮と社を総称して神宮という。

平安時代始め、清和天皇の貞観元(859)年、南都大安寺の僧・行教和尚は豊前国(現・大分県)宇佐八幡宮にこもり日夜熱祷を捧げ、八幡大神様の「吾れ都近き男山の峯に移座して国家を鎮護せん」との御託宣を蒙り、同年男山の峯に御神霊を御奉安申し上げたのが当宮の起源です。そして朝廷は翌貞観2(860)年、同所に八幡造(はちまんづくり)の社殿(六宇の宝殿[ろくうのほうでん])を造営し、4月3日に御遷座されました。
天慶2(939)年に起こった平将門・藤原純友の乱の折には、朝廷よりご請願があり八幡大神様の御神威をもって速やかに平定されて以来、国家鎮護の社として皇室の御崇敬は益々厚いものとなり、 天皇の行幸や上皇の御幸は、円融天皇(第64代)の行幸以来、実に240余度にも及び、伊勢の神宮に次ぐ第二の宗廟とも称されました。
神神社の拝殿奥には、三輪鳥居という三個の鳥居が建っている。その先には「禁足地」と言われる聖域とされていた。
刺繍図絵馬
刺繍図絵馬
第十五代応神天皇は八幡神とされ全国の八幡さんとされ、此処石清水鳥飼八幡別宮も九州からの伝達から京都石清水八幡宮から此の鳥飼地域に天皇が立寄られたという。この地鳥飼荘園から第五十七代陽成天皇がこの地を訪れたとされる。清和の病弱な体質もさることながら、精神的な痛手と摂政基経への政治的寄りかかりがみられるのである。人民摂政の慣行化の第一歩が此処にある。陽成天皇の母高子は、基経の実の妹である。彼女は24.25歳の頃『伊勢物語』の主人公と云われる在原業平と浮名を流していた。奎放な娘であるが基経らにとって高子は、清和元服の後に入内させる大事な切り札とする。陽成は高子の性格を受け継いだせいか政治に積極的になる訳でもなく型破りの性格から基経ともてんのうとして生に合わなかったようだ。しばらくして、陽成天皇に殺人事件の犯人の噂が流れそれを打ち払う為基経はしばらく機をみた。陽成が禁中の空き地で馬を飼っている事を突き止めると、彼は直ちに産内しその馬を放ち、愕然と天皇に臨むのである。884年2月、陽成は譲位の旨を書き基経に伝えた。こうして陽成は82歳まで上皇としていきるのである。
此の『味地草』地域に何故か馬、牛、刺繍図、捕鯨図その他多くの絵馬が存在しているのである。
石清水鳥飼八幡宮は応神天皇を八幡神とし、陽成天皇から近衛天皇まで鳥飼八幡宮宝物庫には絵馬、神様の乗り物国指定重要文化財「沃懸地螺鈿金銅装神輿」と云われる物で露盤の上に精巧な金銅透彫の金具を付けた鳳凰を据えています。近衛天皇の京都石清水からの十五基の内の1期が贈られた。その他絵馬から誰の顔か解らぬが「刺繍図」の絵馬も存在するその他鎌倉時代依然と思われる奈良時代の懸仏や聖徳太子公と思われる大般若経典何十冊と数多く鳥飼八幡宮宝者庫に保管されています。
●注「刺繍図」絵馬の転写は硬く禁止する。此の宝物庫は宮の鍵持ちの人でないと見れない。
【Mitikusa007=池田輝雄(洲本市)】
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テーマ : 兵庫県
ジャンル : 地域情報

能の「菊慈童」“菊酒・栗飯”

菊花展
菊花展
 重陽の宴とは、中国(紀元前約985~940年)周の穆王五代目の王の頃、慈童が山中にはいり、修業し、魏の文帝の頃(三世紀)に至って仙術が完成、彭祖と改名した。此の彭祖を崇拝して祀った中国の習俗が、日本に伝来したものだとされている。その年代は、『日本書紀』に“天武天皇”の686年9月、天皇は空中の庭で“菊見の宴”を開いたのが始まりのようである。始めは宮中の儀式であったのが、後の江戸時代には一般化し、菊人形がもてはやされるようになった。

 慈童が山中で、ひたすら修業に励んでいた頃の事、ある時渇きを覚えたので、谷川の水を透くって飲んだ。ところが、その水は、あたかも天与の甘露のような味で、飲めば飲むほど心身が爽やかに澄んでくる。不思議に思って眺め廻した所、玉のような菊の下露が、此の谷川にしたっている。霊妙な味はそのせいだと思った。以来、慈童は、此れを飲んで仙人となり、彭祖と改名してからも、常に菊酒をたしなんで、よく七百歳の長寿を保ち得た。
菊酒栗飯
菊酒と栗飯
 その後、南北朝の末、北魏の文帝が七歳で即位、或人相見から“せいぜい十五歳までの寿命だ”と言われて気を落としていたが、その時の九月九日に表れた彭祖から“酒にひたして飲むように”と、一枝の菊を貰った。帝は半信半疑ながら、言われた通にしたところ、たちまち心身爽やかとなり、以来、健康となった。そして退位後も元気で七十歳の長寿を保つ事が出来たと言う。この伝説によって菊酒は不老長寿の薬酒ともてはやされるようになり、従って、日本へは、菊そのものは鑑賞用よりも、むしろ薬用として伝来した訳だが、江戸期に入ると、重陽の節供(9月9日)には、菊酒と栗飯とが通常となり、中期には、“菊合わせ”といって、菊の新花を持ち寄って、その優劣を競うことも始まった。
菊人形もその一つの現れである。
菊酒の造り方 寝菊酒
材料 :菊の葉 食用菊 200g
     レモン 1個
     氷砂糖 120g
      氷焼酎(25度) 900ml
1.菊の花びらを水洗いし、水切りし乾燥させる(約4時間)
2.レモンは皮むき4等分にし輪切りにする
3.殺菌した瓶に菊、氷砂糖、レモン、氷焼酎を順に入れる
4.直射日光を避けしっかりと密封させそれを寝かせる
5.此れを約1ケ月位寝かせる
【Mitikusa007=池田輝雄(洲本市)】

テーマ : お祭り&行事
ジャンル : 地域情報

淡洲鳥飼八幡別宮(本殿)

淡洲鳥飼八幡別宮
淡洲鳥飼八幡別宮(本殿)
 仲哀天皇(第14代)は、新羅の国を宝の国だという神のお告げを信じなかった為、神罰をこうむって崩じた。そこで神功皇后が、多くの軍船を整えて朝鮮半島へ渡った。海へ浮かぶと、大小の魚が尽く出てきて船を背負い、いっきに新羅の国の半ばまで押し上げてしまった。この時皇后は身ごもっていたが、腰に石をまいてしずめ、のち筑紫へ凱旋すると、息子を出産した。そこで、此の土地を宇美と名付けた。こうして誕生したのが誉田別皇子で、後々の応神天皇である。この時の海に浮かぶ多くの船と鯨の絵馬が鳥飼八幡宮に二つの「捕鯨絵馬」が宝物庫に保存されている。

 さて、神功天皇と誉田別皇子は、大臣、竹内宿禰の同意を得て、九州から瀬戸内海東へ進み、今の大阪湾に上陸して大和へ向かおうとした。ところが、誉田別皇子の異母兄で留守を預かって大和にいた香坂王と忍熊王が、大和入りを阻んだ。香坂王は、狩りの際、猪に喰われてしまったが、忍熊王は、摂津から山城へ移り、頑強に抵抗した。そこで、誉田別側の将軍、建振熊は、降服したと見せかけて弓弦を切った。忍熊側も弓弦を切り、武器を治めると、建振熊は、頭髪の中に用意しておいた弓弦を張らせ、追撃を開始した。忍熊側は、近江へ退いたが結局敗れ、忍熊王は一言の詩を残して琵琶湖へ入水した。こうして、誉田別皇子は大和へ入り、即位して応神天皇になり、軽島に明宮を建てたが、後に都を難波の大隅宮に移した。

 『古事記』や『日本書記』に描かれています。『日本書紀』は、神功皇后を大和の卑弥呼と見ているが、現在で神功皇后は、伝説上の人物とされている。ところが、忍熊王との戦いの描き方は、かなり生々しい。九州で生まれた皇子が、瀬戸内海を東へ進み、戦いに勝って、大和に王朝をうち立てた。と言うのが骨子である。
神武天皇の東征神話には、この応神天皇の経験が反映しているのではないか、とも言われる。いずれにしても、王位争奪戦が展開された事は間違いなく、戦乱はかなり大規模で激烈だった事が伺われる。

 応神天皇は八幡神とされており、100歳以上長生きされたと記されている。応神天皇は、大和を中心とする勢力と戦って勝利し、新しい王権を樹立した。以後、巨大古墳の時代始まるが、彼らは騎馬を常習とする人々であった。
つまり、ハツクニシラスの名をもつ崇神天皇以後の王朝は、騎馬民族によって打倒され、新たに応神天皇以後が始まったと考えられたのである。神武、崇神とともに、応神が、「八幡」の名をもつのは其の為であろう。ともいう。尚、応神天皇の王朝は河内王朝とも呼ばれている。

 「氏神」、此の氏の言葉は八世紀以前に祭りと使われていた事は確かで、現在の「氏」には二つの意味があり、一つは血縁氏族とは関係なく、地域の鎮守さんの事を氏神さまといいます。古くは物部氏とか大伴氏とか、蘇我氏という氏族、或いは共同の氏神祭を行う同族の守護神として祭る神でありました。氏神という名前が残って、実際はその土地の鎮守さま、別の言い方をすれば産土神の事に変わる。又、氏族ごとの氏神の名残として民俗信仰の中に残っているのが屋敷神です。

 もう一つの「氏神」には、先祖の神さんなのかという事です。
全国の八幡さんの元祖は宇佐ですけれど、宇佐八幡の本社を祭っていた宇佐君というのは国造りであった名族で、現在でも子孫が残っています。此処の場合も祭神を先祖だとは全く言っていないのです。では、ご先祖は神にはなれないのか。人格神化から守護の精霊として、神霊が人の女に生ませた若宮が人の先祖になる場合に初めて祖先神化する。古代では、同族単位での氏族祭が行われており、それは氏上と家刀自とが中心になって行われた事、そしてその氏神は一族と血縁関係の無いものであり、恐らくは太陽とか月、海、山或いは動物神とか、そういうふうな自然そのものが神であって、まだ人格化していない精霊で、祖先神とは別物であったということでしょう。
【Mitikusa007=池田輝雄(洲本市)】

テーマ : 兵庫県
ジャンル : 地域情報

瓢箪から駒

天の川
天の川
七夕、笹の短冊に願いを込めて書きしるし7月7日の夜空の星に叶えて貰う風習が日本でも盛んに年中行事になっています。特に商店街やスーパーの店内等で短冊に願いを込め書き記している。笹に七つの七夕飾り、短冊(願い事だけでなく、詩歌を書いて学業や芸事の上達を祈願)、吹き流し(織女の織り糸を表す)、網飾り(豊作や豊漁を祈願捕える投網を表す)、千羽鶴(家族の健康を願う長寿)、巾着(金運の向上を願う)、紙衣(紙の着物は災いを人形に映す意味と裁縫の上達を願う)、屑籠(飾って出る紙くずをいれる物を粗末にしない心の表れ)。
七夕とは中国語であり、日本では棚機(たなばた)をそのまま七夕の訓としたものである。七夕に出て来る牽牛と織女の二星の伝説である。
中国の天の川は、中国河川は、いずれも西から東へ流れており、此の銀河も川に見立てた訳だが天の川と同じ方向に向いているのは漢水だけであるところから“天の川”を“天漢” “星漢”とも言った。この天漢をへだてた二つの星についてか『詩経』の中に、すでにそれらしき詩があるが、普代(三、四世紀)にでた『荊楚歳時記』には、“七月七日は牽牛と織女とが逢う夜である”と載っている。星と星とが相好に宇宙の原則から引き合う象徴している説もあるが、農事の都合上、注意をもって見守る牽牛星鷲座の農神の星である。日本では彦星と天漢をへだてたところにある大きな輝く星琴座日本では織機星も当然。目についたであろう。ところが此の二星が、際立って接近したと見える時期が年に一回ある。それが七月の始めであった。

瓢箪から駒と言うのは、漢の頃、ある町に茗武丁という仙術を学んだ男がいた。七月初めの星のきれいな夜、空を仰いでいた武丁は、かたわらの幼い弟に向かって、たわむれに言った。“此の七日の夜織女星は銀河を渡るのだよ”といい、弟はそれを真に受けて“何故渡るの”と尋ね為、武丁は口からでまかせに“それは牽牛星に遭う為にさ”と答えたのが“瓢箪から駒が出て”一般に広まってしまった。又カササギが橋を造るというのは、中国にはこの時期カササギが多く観られることから丁度カササギの群れが橋を架けるような形で群れをなして飛んでいるところから此の橋架けの説が生まれたようである。さらに七月七日に決ったのは、陰陽五行説に基く、陽の数が重なった日である七月七日に互いに強く慕いあう二星が其の日だけ目的を果たすという説と、乞巧典(女子が裁縫や手芸の上達を願うという上代行われていた風習)とが結びつき願いが叶えられるという意味で二星を祀り、裁縫や手芸の上達を祈ると言う行事が本格化した。其の頃は夜空もきれいな事から農作業も暇な時期で人間が思い考えるに好都合であったという事です。
【Mitikusa007=池田輝雄(洲本市)】

テーマ : 雑学・情報
ジャンル : 学問・文化・芸術

伝統文化は親の躾

鳥飼八幡宮通り門
鳥飼八幡宮通り門
家の神棚は五社、中央に天照大皇神、両脇に稲倉塊命、植安姫命、少彦名命、大己名命を神事し、仏壇には聖徳太子公(弘法太子)、十三佛観音真言、不動明王を慈愛する。御食・御酒・乾物や果物を供え、神棚に榊、仏壇に花を供える。
よそ様の家では、三社、八社、仏壇とそれぞれの特徴がありますが大体、『味地草』の地域では天照大神と弘法太子を神事・慈悲の心でお祀りしています。日本文化は色々ですが明治の文明開化から今日まで、戦後の高度成長期を境に色で言うと黒、グレーの社会から黄、ピンクに青、白と日本経済は大転身を遂げてきました。文化とは、継承するものであって、あれやこれやの考えから成長して、文化と言ってもいろいろ在りで多方面にあります。
今日の一般家庭では、戦後の混乱期から経済成長と共に物が溢れだし、最近ではごみを吐き出し物を捨てるに至り、父親の存在も薄れ、サラリーマン生活を離職し狭い部屋でな~んじゃせんとゴロゴロ寝てテレビバ~観て、ジムでも行って運動しナ、もうチョットましな事出来らんか~言うてさやかましいこっちゃで、僅かな年金を頼りの楽しみから吐き出されゴミ箱へ、まだまだ働け言うとる時代、世の為、人の為言うたって難しい時代になってきました。
物と共にこころのマイナスが生じ、文化生活の捨ててはならないものまで捨てるようになってきました。
現在の一般家庭を覗いて観ても解るように父親は子供の面倒身をしたいと思っても子供は学業、親は仕事の忙しさから良き友でありたいと願っても、親の役割は殆どしていないのが実情の様で、親が親としてのふるまう仕方が忘れ去られてしまったようである。母親はお腹を痛めた分身の様であるから子供は一番近くにいる事から若干母親に子供は魅かれているようである。
躾とは、本来物事の道理をわきまえさせ、美醜善悪の区別を子供の行動の中に教えて行くものである。其処には物の大切さや物事や他人を愛する心が深く根ざしている筈です。

此れは知識の集積では絶対にうるう事の出来ない人間の生き方である。知識は躾とは違い別物であって、躾とは知恵である。人の生命力に、長い歴史の中で創造してきた知恵を与えていく事は子供の為の社会的財産の文化継承である。しかし、そういちがいに簡単なものではない。いろいろと身に付いた知識も修正したり真似たりする困難が伴うものである。
文化継承で時代に応じ、あれやこれやで捨て去り乗り換える事も生じますがそのような転身は何処かで破綻が生じるという事を身をもって感じる事。はやい話では躾なのです。伝統文化は家風に基づく躾がありましたが、家父長制の崩壊とともに躾も崩壊してしまいました。
田植え2
生田地区の田植え
神事には必ず神饌として酒が供えられる。祝詞の中でも「御食、御酒、御餅を始め、種々の物を捧げて……」と奏され、飯・酒・餅は最上位に扱われ、ことに酒は「正中」といって最上段の中心に据えられ、その両脇に飯・餅が置かれるのである。この酒は、米で造る点で飯と餅と共通したもので、酒は米を醗酵させて半液状或いは液状にしたもので、餅は米を蒸して搗き丸めて造形したものである。こうした神に捧げ味わってもらった神饌を賜って神人共食するのが直会である。従って、酒は元々日常飲むものではく、神事の時か何等かの意味で神祭りの日である年中行事のときのみに飲むものであった。我が国では、古くから神事に際して造る酒は、神事の前夜に一夜で造る「一夜酒」であった。神に仕える女性が米を口に含んで噛み、唾液中の酵母で醗酵させる口噛酒即ち唾液酒であった。
醸すは醸む転化であり、今日、女性のことを「かみさん」というのも酒を醸す人ということから生まれた言葉である。
記紀には天甜酒(あまのたむさけ)や八酒(やしおりのさけ)というのが良く出てきます。この天甜酒は甘味のある酒で一夜酒の甘酒であったらしい。八酒は「醞る」即ち搾った酒で、甘酒状のものを搾って粕を取り除き、それに飯や粥などを加えて再醗酵させて強くした強酒であった。八の八とは、反復という意味で、何回も反復醗酵させた酒であります。
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鳥飼八幡宮秋の大祭0002

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